パンダ

パンダの初来日はいつ?上野動物園のカンカン・ランラン来園を振り返る

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日本で初めてジャイアントパンダがやってきたのは、今から50年以上も前のこと。

上野動物園に到着した2頭のパンダ「カンカン」「ランラン」は、日本中を熱狂の渦に巻き込みました。

この記事では、そんな「パンダの初来日」を振り返るとともに、上野動物園のパンダ飼育の歴史についてもご紹介します!

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パンダの初来日は1972年!上野動物園に「カンカン」と「ランラン」がやってきた!

日本に初めてジャイアントパンダがやってきたのは、1972年(昭和47年)10月28日です。

東京都恩賜上野動物園(以下:上野動物園)に、中国からやってきたオスの「カンカン(康康)」とメスの「ランラン(蘭蘭)」の2頭のジャイアントパンダが到着しました。

このパンダの来日は日本と中国の歴史的な出来事と深く関係しており、1972年9月に日中国交正常化が実現したことを記念し、中国から日本へと贈られたものでした。

パンダ初来日フィーバー!日本中が熱狂したパンダブーム

カンカンとランランの一般公開が始まると、日本中で空前のパンダブームが巻き起こりました。

カンカンとランランを一目見ようと、全国から多くの人々が上野動物園に押し寄せました。

上野動物園や国立科学博物館のホームページでは、当時の様子が次のように表現されています。

初公開には夜を徹して一番乗りを目指す青年が現われ、開園を待つ人の列は2キロメートルにも達しました。

*引用元:動物たちの横顔 21「人気者、ジャイアントパンダ」 | 東京ズーネット

公開初日には徹夜で並んだ人も含めて6万人にも及ぶ見物客が詰めかけ,動物園からの行列は上野駅まで届くほどだったと言われています。

*引用元:上野動物園に暮らしたパンダたち

パンダの来園は、当時の新聞やテレビでも大きく報道され、パンダのぬいぐるみや文房具など、さまざまなパンダグッズが発売されるなど、社会現象となりました。

日本に初めて来たパンダ「カンカン」と「ランラン」とは?

初めて日本にやってきたパンダ「カンカンとランラン」は、いったいどんなパンダだったのでしょうか?

2頭のプロフィールをまとめました。

カンカン(康康)
  • 性別: オス
  • 生年月日: 1970年11月(推定)
  • 来日時の年齢: 2歳(推定)
  • 特徴: タイヤ遊びが好きなやんちゃな性格
  • 死亡: 1980年6月30日 (推定9歳)
ランラン(蘭蘭)
  • 性別: メス
  • 生年月日: 1968年11月(推定)
  • 来日時の年齢: 4歳(推定)
  • 特徴: ふっくらしたまん丸な顔が可愛い「美パンダ」
  • 死亡: 1979年9月4日 (推定10歳)

カンカンとランランのその後のエピソード

カンカンとランランはオス・メスのペアだったため繁殖への期待も高く、上野動物園も熱心に取り組みました。

しかし、残念ながら2頭の間で繁殖が成功することはありませんでした。

1979年にランランが、1980年にはカンカンが相次いで亡くなってしまったのです。

2頭ともまだ若く、あまりにも突然の悲しいお別れでした。

現在、カンカンとランランは剥製になって、多摩動物公園で展示されています。

*参考:動物たちの横顔 21「人気者、ジャイアントパンダ」 | 東京ズーネット
*参考:歴代のパンダたち|上野動物園のジャイアントパンダ情報サイト「UENO-PANDA.JP」
*参考:ジャイアントパンダの剥製のメンテナンスをおこないます(※展示を再開しました) | 東京ズーネット

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上野動物園とパンダの歴史

カンカンとランランが来園してから半世紀以上。上野動物園は、日本のパンダ飼育のパイオニアとして、どのような歴史を歩んできたのでしょうか?

ここからは、上野動物園とパンダの歴史を振り返ります。

日本で初めてジャイアントパンダを飼育した上野動物園は、その後もパンダの受け入れや繁殖に取り組み、歴代14頭のパンダを飼育してきました。

上野動物園パンダ年表

西暦出来事
1972カンカン(康康)ランラン(蘭蘭)が中国から来園
1979ランラン死亡
1980ホァンホァン(歓歓)が中国から来園
カンカン死亡
1982フェイフェイ(飛飛)が中国から来園
1985日本初の繁殖(人工授精)でホァンホァンとフェイフェイの間にチュチュ(初初)が誕生したが、数日で死亡
1986ホァンホァンとフェイフェイの間に人工授精でトントン(童童)誕生
1988ホァンホァンとフェイフェイの間に人工授精でユウユウ(悠悠)誕生
1992ユウユウを中国へ
交換でリンリン(陵陵)が中国から来園
1994フェイフェイ死亡
1997ホァンホァン死亡
2000トントン死亡
2003シュアンシュアン(双双)がメキシコから来園
2008リンリン死亡 ⇒上野動物園にパンダ不在の期間が訪れる
2011リーリー(力力)シンシン(真真)が中国から来園
2012リーリー、シンシンの間に赤ちゃん誕生、6日後に死亡
2017上野動物園初の自然交配でリーリー、シンシンの間にシャンシャン(香香)誕生
2021シャオシャオ(暁暁)レイレイ(蕾蕾)誕生
2023シャンシャンを中国に返還
2023リーリー、シンシンを中国に返還

1970年代:パンダの初来日、繁殖への挑戦

1972年、日中国交正常化を記念して、カンカンとランランが上野動物園にやってきました。

これが、日本におけるジャイアントパンダ飼育の始まりです。

しかし、パンダの飼育は初めての経験であり、試行錯誤の連続でした。

特に、繁殖は大きな課題であり、1979年にランランが妊娠中毒症で亡くなるという悲しい出来事もありました。

1980年代:日本初の繁殖に成功

1980年、新たなメスのパンダ、ホァンホァンが来園。同年、カンカンが亡くなりますが、上野動物園はパンダ繁殖への挑戦を諦めませんでした。

1982年にはオスのフェイフェイが来園し、ホァンホァンの新たなパートナーになりました。

1985年に人工授精で国内で初めてパンダの赤ちゃん(チュチュ)が誕生しましたが、生後数日で死亡してしまいます。

翌1986年、ついにトントン(童童)が人工授精で誕生。カンカン・ランラン来園時のフィーバーに続く、第二次パンダブームが到来します。

1988年には、トントンの弟のユウユウ(悠悠)も誕生し、上野動物園はパンダファミリーで賑わいました。

1990年代~2000年代:新たなパンダの来園と別れ、パンダ不在のとき

1992年にユウユウが中国に渡り、代わりにオスのリンリンがトントンの繁殖相手として来園しました。

しかし、リンリンとトントンの繁殖は残念ながら成功しませんでした。

新たなパンダが生まれないまま、1994年にフェイフェイ、1997年にホァンホァン、2000年にトントン、2008年にリンリンが死亡し、上野動物園は一時パンダ不在の時を迎えます。

2010年代~現在:パンダ飼育の再開、新たな命の誕生

2011年、新たなペア、リーリーシンシンが来園し、上野動物園で再びパンダ飼育と繁殖の試みが始まります。

2012年には赤ちゃんが生まれるも、わずか6日で死亡するという悲しい出来事もありましたが、2017年には上野動物園初の自然交配シャンシャンが誕生。日本中にパンダブームを再燃させました。

そして2021年には、上野動物園初となる双子の赤ちゃんパンダ、シャオシャオレイレイが誕生し、上野動物園は再び活気を取り戻しました。

シャンシャン、リーリー、シンシンは中国に返還されましたが、上野動物園は現在もシャオシャオとレイレイを飼育し、パンダの繁殖研究を続けています。

*参考:動物たちの横顔 21「人気者、ジャイアントパンダ」 | 東京ズーネット
*参考:歴代のパンダたち|上野動物園のジャイアントパンダ情報サイト「UENO-PANDA.JP」
*参考:シャンシャンは「奇跡の子」自然交配の難関乗り越えたアイドル | 女性自身

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【ちなみに】他の動物園にパンダが来たのはいつ?

日本で初めてパンダが来園したのは上野動物園ですが、それ以外の動物園にはいつパンダが来たのでしょうか?

ここでは、上野動物園以外の動物園へのパンダ来園について簡単に紹介します。

  • アドベンチャーワールド(和歌山県): 1994年に、永明(エイメイ)と蓉浜(ヨウヒン)が来園しました。
  • 神戸市立王子動物園(兵庫県): 2000年に、タンタン(旦旦)とコウコウ(興興)が来園しました。

*参考:沿革|ジャイアントパンダ日中共同繁殖研究サイト
*参考:パンダの部屋|神戸市立王子動物園

まとめ:パンダ初来日から50年以上…愛され続けるパンダたち

日本初のパンダ来日から半世紀以上が経ちましたが、カンカンとランランが日本中に巻き起こしたパンダブームは、現在にも受け継がれています。

初めてパンダが来日した時の感動、そして、その後のパンダたちとの出会い…たくさんの思い出を胸に、これからもパンダの飼育・研究が発展し、彼らが健やかに暮らせる環境が守られていくことを願っています。

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