東京の上野動物園は、1972年に日本で初めてジャイアントパンダがやってきた動物園です。
それから50年以上にわたって、たくさんのパンダが上野で暮らし、日本中の人気者になってきました。
ですが、2026年現在、上野動物園にパンダはいません。
2026年1月に双子のシャオシャオ・レイレイが中国へ返還され、飼育中のパンダがいなくなったのです。
この記事では、上野動物園で暮らした歴代15頭のパンダの名前一覧、1頭ずつのプロフィール、そして中国に返還されたパンダたちの今まで、まとめて紹介します!
上野動物園のパンダは今何頭?【2026年最新】
現在、上野動物園で飼育されているジャイアントパンダは0頭です。
東京都は2025年12月15日、上野動物園で暮らしていた双子のシャオシャオとレイレイを、2026年1月下旬に中国へ返還すると発表しました。
2頭は2026年1月25日の最終観覧日を最後に、1月27日に上野動物園を出発し、翌28日に中国四川省の雅安碧峰峡基地に到着しています。
当時日本で暮らすパンダは、シャオシャオとレイレイの2頭だけでした。2頭の返還によって、1972年から50年以上続いてきた日本のパンダの歴史で初めて、日本の動物園からパンダがいなくなったのです。
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上野動物園の歴代パンダ15頭の名前一覧
上野動物園で暮らした歴代パンダは、中国やメキシコから来園した8頭と、上野で生まれた7頭の合計15頭です。
歴代のパンダの名前と、その後をまとめると次のとおりです。
| 名前 | 漢字 | 性別 | 来園・誕生 | その後 |
|---|---|---|---|---|
| カンカン | 康康 | オス | 1972年10月 来園 | 1980年6月 死亡 |
| ランラン | 蘭蘭 | メス | 1972年10月 来園 | 1979年9月 死亡 |
| ホァンホァン | 歓歓 | メス | 1980年1月 来園 | 1997年9月 死亡 |
| フェイフェイ | 飛飛 | オス | 1982年11月 来園 | 1994年12月 死亡 |
| チュチュ | 初初 | オス | 1985年6月 誕生 | 1985年6月 死亡 |
| トントン | 童童 | メス | 1986年6月 誕生 | 2000年7月 死亡 |
| ユウユウ | 悠悠 | オス | 1988年6月 誕生 | 1992年11月 中国へ (2004年3月 死亡) |
| リンリン | 陵陵 | オス | 1992年11月 来園 | 2008年4月 死亡 |
| シュアンシュアン | ― | メス | 2003年12月 来園 | 2005年9月 メキシコへ (2022年7月 死亡) |
| リーリー | 力力 | オス | 2011年2月 来園 | 2024年9月 中国へ |
| シンシン | 真真 | メス | 2011年2月 来園 | 2024年9月 中国へ |
| (名前なし) | ― | オス | 2012年7月 誕生 | 2012年7月 死亡 |
| シャンシャン | 香香 | メス | 2017年6月 誕生 | 2023年2月 中国へ |
| シャオシャオ | 暁暁 | オス | 2021年6月 誕生 | 2026年1月 中国へ |
| レイレイ | 蕾蕾 | メス | 2021年6月 誕生 | 2026年1月 中国へ |
15頭のうち、今も元気に暮らしているのは、中国に渡ったリーリー・シンシン・シャンシャン・シャオシャオ・レイレイの5頭です。
豆知識として、上野動物園の歴代パンダは、名前が付けられなかった2012年生まれのオスを除いて、全員が「同じ音を2回くり返す」名前になっています。
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上野動物園のパンダの家系図

上野動物園で生まれた7頭のパンダは、2組のペアから生まれています。
1組目は1980年代のフェイフェイとホァンホァン、2組目は2011年に来園したリーリーとシンシンです。親子関係をまとめると次のようになります。
| 両親 | 生まれた子ども(誕生年) |
|---|---|
| フェイフェイ × ホァンホァン | チュチュ(1985年) トントン(1986年) ユウユウ(1988年) |
| リーリー × シンシン | 名前のないオス(2012年) シャンシャン(2017年) シャオシャオ・レイレイ(2021年・双子) |
初代ペアのカンカンとランランには子どもが生まれませんでした。
また、リンリンはトントンやシュアンシュアンとの繁殖に取り組みましたが、こちらも子どもは誕生していません。
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上野動物園のパンダの名前の決め方と「同じ音をくり返す」理由
上野動物園で生まれたパンダの名前の多くは、一般からの公募で決められてきました。毎回たくさんの応募が集まっています。
| パンダ | 応募数 |
|---|---|
| トントン | 約27万通 |
| ユウユウ | 約12万通 |
| シャンシャン | 約32万件(過去最多) |
| シャオシャオ・レイレイ | 約19万件 |
ただし、「一番応募が多かった名前」がそのまま選ばれるわけではありません。
例えばシャオシャオとレイレイのときは、応募の多かった上位150点の中から、選考委員会がオス5点・メス6点の候補にしぼって審議しました。
そのうえで、所有権を持つ中国側の意向も確認して、最終的な名前が決まりました。
また、一般応募できるのは「カタカナの名前」だけです。漢字の名前は、決まったカタカナの音に合う漢字を選考委員会が決定します。
上野動物園のパンダは、全員が「同じ音を2回くり返す」中国風の名前ですが、実はくり返しでなければいけないというルールはありません。
シャンシャンの名前の候補には、お父さんのリーリーとお母さんのシンシンから1音ずつ取った「シンリー」「リーシン」も残っていました。
呼びやすく覚えやすいことや、くり返しの名前に応募が集まりやすいことから、結果的にくり返しの名前が選ばれてきたようです。
ちなみに、アドベンチャーワールドのパンダたちは、「良浜」「結浜」のように「浜」の字が付く名前が多く、くり返しの名前ではありません。
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上野動物園の歴代パンダのプロフィール
ここからは、上野動物園で暮らした歴代のパンダを、来園・誕生した順に1頭ずつ紹介します。
名前の由来に加えて、見た目や性格の特徴、印象的なエピソード、上野を離れたあとのことまでまとめました。
上野動物園のパンダには、中国で付けられた名前のまま呼ばれたパンダ、来園してから新しい名前が付いたパンダ、上野で生まれて名付けられたパンダがいます。
名前の付け方の違いにも注目しながら、読んでみてください。
カンカン(康康)
カンカンは、1970年11月ごろに中国で生まれたと推定されるオスです。
1972年10月28日、日中国交正常化を記念して、ランランとともに日本で初めてのジャイアントパンダとして上野動物園にやってきました。
中国で付けられた名前のため、上野動物園の公式サイトなどに由来は書かれていません。
ただ、「康」の字には中国語で「健やかである、安らかである」「豊かである」といった意味があり、健康や豊かさを表す縁起のいい名前です。
1972年11月5日の一般公開の初日には、珍しい白黒の姿をひと目見ようと約5万6千人が詰めかけ、全国に空前のパンダブームが巻き起こりました。
1980年6月30日、推定9歳で亡くなりました。
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ランラン(蘭蘭)
ランランは、1968年11月ごろに中国で生まれたと推定されるメスです。1972年10月28日、カンカンと一緒に日本へやってきました。
「蘭」は日本でも観賞用として親しまれている花で、中国語では徳の高い人物「君子」のたとえにも使われます。気品があって優美な印象の名前ですね。
ランランはカンカンとの自然交配に成功し、日本で初めての赤ちゃん誕生に期待が集まりました。
ですが、ランランは妊娠中の1979年9月4日に、推定10歳で亡くなりました。
ホァンホァン(歓歓)
ホァンホァンは、中国で1972年ごろに生まれたメスです。ランランが亡くなったあと、カンカンの新しいパートナーとして1980年1月29日に来園しました。
「歓」の字は、日本語でも「歓迎」などに使われるように、「喜ぶ」「楽しむ」「活発である」といった明るい意味を持っています。
来園から約半年後にカンカンが亡くなってしまいましたが、のちに来園したフェイフェイとの間で、人工授精によって日本で初めてパンダの繁殖に成功しました。
チュチュ・トントン・ユウユウの3頭のお母さんとなり、1997年9月21日に推定25歳で亡くなりました。
フェイフェイ(飛飛)
フェイフェイは、1967年ごろに中国で生まれたと推定されるオスです。1982年11月9日、日中国交正常化10周年を記念して中国から贈られ、上野動物園にやってきました。
「飛」の字には、「飛ぶ」「ひらひらと舞う」のほかに、「飛ぶように速い」「とびきりの、ずば抜けた」といった意味があります。なんとも勢いのある名前ですね。
ホァンホァンとの間に3頭の子どもが生まれ、日本で初めてのパンダファミリーのお父さんになりました。
1994年12月14日、推定27歳で亡くなりました。当時としては、かなりの長生きでした。
チュチュ(初初)
チュチュは、1985年6月27日に生まれたオスで、ホァンホァンとフェイフェイの最初の子どもです。
人工授精によって誕生した、日本で初めて生まれたジャイアントパンダです。その「初めて」の意味を込めて、「初初」と名付けられました。
待ちに待った赤ちゃんの誕生に日本中がわきましたが、チュチュは生後わずか43時間で亡くなってしまいました。
喜びが大きかっただけに、早すぎるお別れは多くの人を悲しませました。それでも、上野動物園はあきらめずに繁殖に取り組み、翌年のトントンの誕生につながっていきます。
トントン(童童)
トントンは、1986年6月1日に生まれたメスで、ホァンホァンとフェイフェイの2頭目の子どもです。上野動物園で初めて無事に成長したパンダで、日本中に「トントンブーム」を巻き起こしました。
名前の公募には、なんと約27万通もの応募がありました。「エイエイ」「ジンジン」「タオタオ」「チャオチャオ」など多くの候補の中から、「パンダらしく発音しやすい」という理由で「トントン」が選ばれたそうです。
「童」は「子ども」を表す漢字で、「幼くてかわいい」という意味が込められています。
大人になってからは、1992年に来園したリンリンとの繁殖に取り組みましたが、子どもは生まれませんでした。2000年7月8日、14歳で亡くなりました。
ユウユウ(悠悠)
ユウユウは、1988年6月23日に生まれたオスで、ホァンホァンとフェイフェイの3頭目の子どもです。
名前は公募で決まり、約12万通の応募がありました。「ユウユウ」は、「タンタン」「テンテン」「ミンミン」「リンリン」「ロンロン」などに次いで、6番目に応募が多かった名前だそうです。
「悠」の字には「長くゆったりとした」という意味があり、ユウユウ自身の長生きと、世界の悠久の平和への願いが込められています。その名前のとおり、おっとりとした性格のパンダだったといわれています。
1992年11月、日中国交正常化20周年を記念して、リンリンと交換する形で北京動物園へ旅立ちました。
中国で暮らしたあと、2004年3月4日に15歳で亡くなっています。
リンリン(陵陵)
リンリンは、1985年9月5日に北京動物園で生まれたオスです。1992年11月5日、日中国交正常化20周年を記念して、ユウユウとの交換で上野動物園にやってきました。
「陵」は「大きな丘」を表す字で、名前に使うときは、丘を越えていくイメージから「困難を乗り越える」「高く昇る」といった意味が込められることが多いようです。
トントン、そしてメキシコのシュアンシュアンとの繁殖に取り組み、そのためにメキシコへ3回も渡りました。そこから、「世界一飛行機に乗ったパンダ」とも呼ばれています。
2005年からは上野動物園でただ1頭のパンダとして暮らし、2008年4月30日に22歳で亡くなりました。リンリンの死によって、上野動物園は一時、パンダのいない時代を迎えます。
シュアンシュアン
シュアンシュアンは、1987年6月15日にメキシコのチャプルテペック動物園で生まれたメスです。リンリンとの繁殖を目指して、2003年12月3日に上野動物園にやってきました。
メキシコ生まれのため漢字の名前は分からず、上野動物園の公式サイトでも漢字名は書かれていません。
双子で生まれたことから「双双」の字をあてる説もありますが、中国語の発音(シュアンシュアン=Shuang Shuang)とは少し異なるため、本当のところは分かっていません。
上野動物園での定番メニューはおかゆだったそうです。約1年10か月を上野で過ごしましたが繁殖には至らず、2005年9月26日にメキシコへ帰国しました。
その後もメキシコで暮らし、2022年7月6日に35歳で亡くなりました。パンダとしてはとても長生きでした。
リーリー(力力)
リーリーは、2005年8月16日に中国の臥龍保護センターで生まれたオスです。2011年2月21日、シンシンとともに上野動物園にやってきました。
体重が135kgほどある、大きな体のパンダです。
中国では「比力(ビーリー)」という名前でしたが、上野に来てから公募で「リーリー(力力)」と名付けられました。「活発で力持ち」というイメージが込められています。
性格は優しくおっとりしたマイペースで、アクティブな一面もあります。屋外の運動場で、大きな体を揺らしてのっしのっしと歩く姿は迫力満点でした。
シンシンとの間に4頭の子どもをもうけ、上野動物園で初めての自然繁殖に成功しました。
2024年9月29日にシンシンとともに中国へ渡り、今は四川省の臥竜にある神樹坪基地で暮らしています。
シンシン(真真)
シンシンは、2005年7月3日に中国の臥龍保護センターで生まれたメスです。2011年2月21日、リーリーと一緒に上野動物園にやってきました。体重は120kgほどです。
中国での名前は「仙女(シィエンニュ)」でしたが、来園後の公募で「シンシン(真真)」に決まりました。「純真」「天真」などの言葉にある、優しいイメージが込められています。
食いしん坊でかしこく、繊細な性格です。
2012年に生まれた最初の子どもは生後6日で亡くなってしまいましたが、その後シャンシャン、そして上野で初めての双子となるシャオシャオ・レイレイを立派に育て上げました。
子育て中は、とにかくよく食べていたのが印象的です。
2024年9月29日にリーリーとともに中国へ渡り、今は雅安碧峰峡基地の公開されていないエリアで暮らしています。
2026年9月の報道によると、タケノコもよく食べ、元気に過ごしているそうです。
シャンシャン(香香)
シャンシャンは、2017年6月12日に生まれたメスで、リーリーとシンシンの2頭目の子どもです。上野動物園で自然繁殖によって生まれ、無事に育った初めてのパンダです。
名前の募集には、過去最多の約32万件の応募が集まりました。呼びやすく、「香」の字が花開く明るいイメージであることから、「シャンシャン(香香)」に決まったそうです。
お転婆で好奇心旺盛な性格で、誕生から約5年8か月、上野動物園の一番の人気者でした。
返還の期限は何度か延長され、新型コロナウイルスの影響もあって、2023年2月21日に5歳で中国へ渡りました。今は雅安碧峰峡基地で暮らしていて、2026年6月12日に9歳の誕生日を迎えました。
シャオシャオ(暁暁)
シャオシャオは、2021年6月23日に生まれたオスで、上野動物園で初めて誕生した双子のお兄ちゃんです。お父さんはリーリー、お母さんはシンシンです。
名前の募集には約19万件の応募が集まりました。「暁暁」には、「夜明けの光が差し、明るくなる」という意味が込められています。
上野では、レイレイと見分けるために背中に緑色の印が付けられていました。
感情表現が豊かで繊細な性格で、妹のレイレイに突進したり、耳をかじったりと、いつも「かまって攻撃」をしていたのがかわいかったです。
2026年1月に中国へ渡り、今はレイレイとともに雅安碧峰峡基地で暮らしています。
音に敏感な一面があるため、中国の基地では防音ガラスを付けた静かな環境が用意されているそうです。
レイレイ(蕾蕾)
レイレイは、シャオシャオと同じ2021年6月23日に生まれた、双子の妹です。
「蕾蕾」には、「蕾(つぼみ)から美しい花が咲き、未来へつながっていく」という意味が込められています。
マイペースでおっとりしていて、要領がいい性格です。シャオシャオにしつこく絡まれて、ちょっとうんざりした様子を見せることもありましたが、それでもシャオシャオの姿が見えると安心する、仲良しの双子でした。
2026年1月に中国へ渡ってからも生活のリズムは安定していて、飼育員によると「よく食べ、よく寝ている」そうです。補助食のパンダ饅頭が大好物で、飼育員を見つけるとねだってくるんだとか。
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上野動物園のパンダ飼育50年あまりの歴史
上野動物園とパンダの歴史は、1972年のカンカン・ランランの来園から始まりました。
1985年には日本で初めてパンダの赤ちゃんが生まれ、トントンやユウユウが育ちました。
2008年にリンリンが亡くなってから約3年間はパンダがいない時代もありましたが、2011年にリーリーとシンシンが来園し、シャンシャンや双子のシャオシャオ・レイレイが誕生しています。
そして2026年1月、双子の返還によって、上野動物園は2度目のパンダのいない時代を迎えました。
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中国に返還されたパンダたちは今どこにいる?
上野動物園から中国に渡り、今も暮らしているのは、リーリー・シンシン・シャンシャン・シャオシャオ・レイレイの5頭です。
このうちシンシン・シャンシャン・シャオシャオ・レイレイの4頭は、四川省雅安市にある中国ジャイアントパンダ保護研究センターの雅安碧峰峡基地で暮らしています。
シャオシャオとレイレイは、2026年9月29日に碧峰峡基地での一般公開が始まりました。
一方、リーリーは同じ四川省の臥竜にある神樹坪基地で暮らしていて、元気にお散歩する姿がたびたび報じられています。
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上野動物園に再びパンダは来る?
現時点で、上野動物園に新しいパンダがやってくる具体的な予定は発表されていません。
パンダの貸し出しは、日本と中国の関係とも深く結びついています。報道では、日中関係の影響もあり、新たなパンダの貸し出しの見通しは立っていないと伝えられています。
それでも、上野動物園は2008年から2011年にもパンダがいない時代を経験し、そこから再びパンダを迎えて、繁殖にも成功してきました。
もし新しいパンダがやってきて赤ちゃんが生まれたら、名前はこれまでどおり公募で決まるのではないかと思います。
ちなみに私は、シャオシャオ・レイレイが生まれたときに名前の候補を応募しましたが、残念ながら落選でした…。次のチャンスに備えて、かわいい名前を考えておきたいですね。

まとめ
上野動物園の歴代パンダの名前と、1頭ずつのプロフィールを紹介しました。
1972年にカンカンとランランが来園してから50年あまり、上野動物園では歴代15頭のパンダが暮らし、7頭の赤ちゃんが誕生しました。
トントンやシャンシャン、シャオシャオ・レイレイの名前には、数十万件もの応募が集まり、そのたびに日本中がパンダの話題でもちきりになりました。それだけ多くの人に愛されてきた証拠ですね。
2026年1月に双子が中国へ返還され、今、上野動物園にパンダはいません。リーリー・シンシン・シャンシャン・シャオシャオ・レイレイの5頭は、中国の基地で新しい暮らしを送っています。
いつかまた、上野でパンダに会える日が来ることを願いつつ、中国で暮らすパンダたちを見守っていきたいですね。

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