上野動物園のパンダの歴史年表|初来日から双子の返還まで50年以上の歩み

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上野動物園のパンダの歴史は、1972年のカンカン・ランランの来日から始まり、50年以上にわたって日本中の人々に愛されてきました。

そして2026年1月、双子のシャオシャオ・レイレイが中国へ返還され、上野動物園からパンダがいなくなりました。

この記事では、初代パンダから双子の返還まで、上野動物園で暮らした15頭のパンダたちの物語を、年表とともに時系列で詳しく解説します。

なぜ上野動物園にパンダがやってきたのか、どんなパンダたちが暮らしてきたのか…などなど、50年分の歴史をまとめてお届けします。

このページに書いてあること
  • 上野動物園のパンダの歴史年表と、歴代15頭のパンダ一覧
  • 1972年の初来日から2026年の双子の返還までの主なできごと
  • パンダがいなくなった上野動物園のこれから
もくじ

上野動物園のパンダの歴史と歴代パンダたち

上野動物園のパンダの歴史が始まるのは、今からさかのぼること50年以上前の1972年です。

ここでは、50年あまりに及ぶ上野動物園のパンダの歴史を年表形式で振り返るとともに、歴代のパンダたちのプロフィールや家系図もご紹介します!

まずは年表で全体の流れをつかみ、そのあと15頭の一覧表と家系図で、それぞれのパンダの関係を確かめてみてください。

中国などから来園したパンダと、上野で生まれたパンダたちが、2組の家族をつくってきたことが分かります。

上野動物園のパンダの歴史年表

まずは、上野動物園のパンダに関する主なできごとを年表にまとめました。

来園や誕生、別れをくり返しながら、50年以上の歴史が積み重なってきたことが分かります。

年月できごと備考
1972年10月カンカン(オス)とランラン(メス)来園日本初のジャイアントパンダ
1979年9月ランラン死亡(推定10歳)
1980年1月新たにホァンホァン(メス)来園
1980年6月カンカン死亡(推定9歳)
1982年11月新たにフェイフェイ(オス)来園
1985年6月チュチュ(オス)誕生、43時間後に死亡日本初の赤ちゃんパンダ誕生
1986年6月トントン(メス)誕生日本初の育成成功
1988年6月ユウユウ(オス)誕生
1992年11月ユウユウ中国へ、入れ替わりでリンリン(オス)来園
1994年12月フェイフェイ死亡(推定27歳)
1997年9月ホァンホァン死亡(推定25歳)
2000年7月トントン死亡(14歳)
2003年12月シュアンシュアン(メス)メキシコから来園
2005年9月シュアンシュアン、メキシコへ帰国
2008年4月リンリン死亡(22歳)1度目のパンダ不在の時代へ
2011年2月新たにリーリー(オス)・シンシン(メス)来園約3年ぶりにパンダ飼育が復活
2012年7月赤ちゃん(オス)誕生、6日後に死亡
2017年6月シャンシャン(メス)誕生
2021年6月シャオシャオ(オス)・レイレイ(メス)誕生上野動物園初の双子
2023年2月シャンシャン、中国へ旅立ち
2024年9月リーリー・シンシン、中国へ旅立ち
2025年12月シャオシャオ・レイレイの返還が発表される
2026年1月シャオシャオ・レイレイ、中国へ旅立ち2度目のパンダ不在の時代へ

それぞれのできごとについては、後ほど詳しく解説します。

上野動物園の歴代パンダ一覧

上野動物園の歴代パンダは全15頭です。そのうち8頭は中国など海外から来園し、7頭は上野動物園で誕生しました。

15頭の名前や生年月日、上野動物園で過ごした期間などを一覧にまとめてご紹介します!

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名前性別生年月日出身来園日移動または
死亡日
飼育期間
カンカン(康康)オス1970年11月(推定)中国1972年10月28日1980年6月30日(死亡)7年8か月
ランラン(蘭蘭)メス1968年11月(推定)中国1972年10月28日1979年9月4日(死亡)6年10か月
ホァンホァン(歓歓)メス1972年(推定)中国1980年1月29日1997年9月21日(死亡)17年8か月
フェイフェイ(飛飛)オス1967年(推定)中国1982年11月9日1994年12月14日(死亡)12年1か月
チュチュ(初初)オス1985年6月27日上野動物園―1985年6月29日(死亡)43時間
トントン(童童)メス1986年6月1日上野動物園―2000年7月8日(死亡)14年1か月
ユウユウ(悠悠)オス1988年6月23日上野動物園―1992年11月13日(北京動物園へ移動)4年5か月
リンリン(陵陵)オス1985年9月5日北京動物園1992年11月5日2008年4月30日(死亡)15年5か月
シュアンシュアンメス1987年6月15日メキシコ・チャプルテペック動物園2003年12月3日2005年9月26日(帰国)1年10か月
リーリー(力力)オス2005年8月16日臥龍保護センター(中国)2011年2月21日2024年9月29日(中国へ返還)13年7か月
シンシン(真真)メス2005年7月3日臥龍保護センター(中国)2011年2月21日2024年9月29日(中国へ返還)13年7か月
名前のない赤ちゃんオス2012年7月5日上野動物園―2012年7月11日(死亡)6日
シャンシャン(香香)メス2017年6月12日上野動物園―2023年2月21日(中国へ返還)5年8か月
シャオシャオ(暁暁)オス2021年6月23日上野動物園―2026年1月28日(中国へ返還)4年7か月
レイレイ(蕾蕾)メス2021年6月23日上野動物園―2026年1月28日(中国へ返還)4年7か月

上野動物園のパンダ家系図

歴代パンダの関係性が分かりやすいように、家系図にまとめました。

上野動物園の歴代パンダ家系図。歴代15頭のパンダの血縁関係を図示。

初代ペアのカンカン・ランランには子どもが生まれませんでしたが、2代目ペアのフェイフェイ・ホァンホァンからチュチュ、トントン、ユウユウが誕生しました。

ユウユウは中国のリンリンと交換され、リンリンはトントンやメキシコからやってきたシュアンシュアンとペアになりましたが、繁殖には至りませんでした。

そして、最近のパンダファミリーを築いたのが4代目ペアのリーリーとシンシンです。

名前のない赤ちゃん、シャンシャン、そして2026年1月に中国へ渡った双子のシャオシャオとレイレイが生まれました。

上野動物園の歴代パンダ物語:【前編】1972年~2008年

ここからは、先ほど年表で紹介した上野動物園のパンダの歴史について、時系列に沿って詳しく解説します!

まずは、初代ペア「カンカンとランラン」の来園から、繁殖への取り組み、そして一時的にパンダ不在になる2008年までの主なできごとを見ていきましょう。

この時代には、日本初のパンダの来日、日本初の赤ちゃんの誕生、そして初めてのパンダ不在と、上野動物園のパンダの歴史を語るうえで欠かせない「初めて」のできごとが次々と起こりました。

初代パンダ「カンカン・ランラン」来日とパンダブーム到来

上野動物園のパンダの物語は、1972年10月28日、オスのカンカンとメスのランランの来園から始まりました。

日中国交正常化の記念に、中国から日本への友好の証として贈られたカンカンとランラン。

その白黒模様の珍しい姿をひと目見ようと、1972年11月5日の一般公開初日には5万6千人が詰めかけたそうです。

空前のパンダブームにより、上野動物園の年間入園者数は劇的に増加しました。

年年間入園者数備考
1970年ごろ300~400万人パンダ来園前
1972年501万人カンカン・ランラン来園(11月公開)
1973年737万人パンダブーム本格化
1974年765万人過去最高の入園者数

パンダの来園は当時の新聞やテレビでも大きく報道され、パンダのぬいぐるみや文房具など、さまざまなパンダグッズも発売され、社会現象となりました。

ランランは1979年にカンカンとの自然交配に成功しましたが、妊娠中に亡くなり、翌1980年にはカンカンも亡くなりました。

2頭の子どもが生まれることはありませんでしたが、その後の上野動物園のパンダ飼育にとって、まさに「原点」というべき存在です。

2代目ペア「ホァンホァン・フェイフェイ」繁殖への挑戦と赤ちゃんパンダ誕生

1980年にホァンホァン(メス)が、1982年にフェイフェイ(オス)が新たに来園し、上野動物園では再びパンダの繁殖への取り組みが始まりました。

そしてフェイフェイの来園から約2年半後の1985年、人工授精によって日本国内で初めてとなるパンダの赤ちゃんが誕生しました。

ところが、「日本初」という意味で「初初(チュチュ)」と名付けられたオスの赤ちゃんは、生まれてからわずか43時間で亡くなってしまい、悲しみが広がります。

翌1986年、今度はメスの赤ちゃんが誕生しました。「トントン」と名付けられた赤ちゃんは、たくさんの愛を受けながら無事に成長し、日本に再びパンダブームを巻き起こしました。

さらに1988年にもオスのユウユウが誕生しました。ホァンホァン・フェイフェイファミリーは、「日本初のパンダファミリー」として、日本のパンダ史に名を残したのです。

新たなパンダの来園と悲しいお別れ

1992年、日中国交正常化20周年を記念して、上野生まれのユウユウと交換する形で、オスのリンリンが新たに来園しました。

リンリンはトントンとの繁殖が期待されていましたが、残念ながら2頭の間に子どもが誕生することはありませんでした。

そして、1994年にフェイフェイ、1997年にホァンホァン、2000年にトントンが亡くなるという、悲しいできごとが相次ぎました。

2003年には、リンリンの新たなパートナーとしてシュアンシュアン(メキシコ生まれ)が来園しました。

リンリンは、それまでにもシュアンシュアンとの繁殖のためにメキシコへ3回渡っており、「世界一飛行機に乗ったパンダ」とも呼ばれています。

しかし、このペアも繁殖に至ることなく、シュアンシュアンは約2年後にメキシコへ帰国しました。

2005年9月以降、上野動物園のパンダはリンリン1頭だけになりました。

そして2008年にリンリンが22歳で天国へ旅立ち、上野動物園からパンダがいなくなってしまったのです。

上野動物園の歴代パンダ物語:【後編】2011年~2026年

リンリンが亡くなってから約3年後の2011年、一度途切れてしまった上野動物園のパンダの歴史が再び動き出します。

新たなペア「リーリーとシンシン」の来園と赤ちゃんの誕生は、日本中に笑顔と感動を届けてくれました。そして2026年1月、上野動物園は再びパンダのいない時代を迎えます。

シャンシャンの誕生や上野初の双子の誕生など、記憶に新しいできごとも多い時代です。それでは、2011年以降の主なできごとを見ていきましょう。

新たなペア「リーリーとシンシン」の来園

2011年2月21日、約3年ぶりにジャイアントパンダが上野動物園へやってきました。中国の臥龍保護センター生まれのリーリー(オス)とシンシン(メス)です。

上野動物園はリーリーとシンシンの繁殖に力を注ぎましたが、なかなか成功しませんでした。

パンダの発情期は年に一度と短く、タイミングが重要です。

2012年には上野動物園で初めて自然繁殖による赤ちゃんが生まれましたが、6日後に亡くなってしまい、その後も数年間にわたって試行錯誤が続きました。

シャンシャン誕生で再びパンダフィーバー到来

リーリー・シンシンの来園から6年後の2017年、ついに待ち望んでいた瞬間が訪れます。メスの赤ちゃんパンダ「シャンシャン」の誕生です。

上野動物園でパンダの赤ちゃんが無事に育つのは、1988年のユウユウ以来、約30年ぶりのことでした。

シャンシャンの誕生で、日本中に再びパンダブームが訪れます。

シンシンと親子で過ごすかわいらしい姿が多くの人々を魅了し、名前の募集時には32万件もの応募が集まりました。

成長の様子は毎日のようにニュースで伝えられ、シャンシャンは上野動物園の一番の人気者になりました。

双子パンダ「シャオシャオとレイレイ」誕生

シャンシャンフィーバー冷めやらぬ2021年、今度はシャオシャオ(オス)とレイレイ(メス)の双子が誕生しました。

上野動物園にとってもシンシンにとっても双子の子育ては初めてのことでしたが、シンシンは2頭を愛情たっぷりに育て、飼育スタッフも24時間体制で見守り、双子はすくすくと成長していきました。

一般公開が始まると、小さな双子パンダの動きがシンクロしたり、コロコロとじゃれ合ったりするかわいらしい姿をたくさん見せてくれました。

その後、2頭はお母さんから離れてひとり立ちし、それぞれ1頭ずつで暮らすようになりました。大きくなってからも、多くの人の心をつかんで離さない人気者でした。

シャンシャン・リーリー・シンシンの中国への旅立ち

中国との協定に基づき、日本生まれのパンダも、一定の年齢になると中国へ返還されます。

日本中のパンダファンに愛されたシャンシャンは、2023年2月に5歳で中国へと旅立ちました。

さらに、リーリーとシンシンも、13年あまりにわたる上野動物園での生活を終え、2024年9月に中国へ返還されました。

2頭とも19歳と高齢になり、高血圧の治療を受けていたことから、協定の期限より早い返還となりました。

これで、上野動物園のパンダは双子のシャオシャオ・レイレイの2頭だけになりました。

シャオシャオ・レイレイの返還と、2度目のパンダ不在の時代

2025年12月15日、東京都はシャオシャオとレイレイを2026年1月下旬に中国へ返還すると発表しました。

発表の翌日から観覧方法が変わり、12月27日からは検疫のため室内での展示のみに。

1月14日からは事前申込による抽選制となり、多くのファンが最後のひと目を求めて応募しました。

2026年1月25日の最終観覧日を終え、2頭は1月27日に上野動物園を出発し、翌28日に中国四川省の雅安碧峰峡基地に到着しました。

協定上の返還期限だった2月20日より、約1か月早い返還でした。

2頭は日本で暮らす最後のパンダだったため、1972年以来初めて、日本の動物園からパンダがいなくなりました。

上野動物園にとっては、2008年から2011年に続く2度目のパンダ不在の時代です。

中国に渡った2頭は、2026年9月29日に碧峰峡基地で一般公開が始まり、元気な姿を見せています。

上野動物園のパンダの歴史はこれからどうなる?

2026年10月現在、上野動物園に新しいパンダがやってくる具体的な予定は発表されていません。

報道では、日中関係の影響もあり、新たな貸し出しの見通しは立っていないと伝えられています。

ただ、50年あまりの歴史をふり返ると、上野動物園は2008年にリンリンを失ってパンダ不在になったあとも、2011年にリーリーとシンシンを迎えています。

新しいパンダの来園のニュースが飛び込んでくるのが待ち遠しいですね。

まとめ

50年あまりにわたる上野動物園のパンダの歴史をたどってきました。

カンカン・ランランの来園から、日本初の赤ちゃん誕生、約30年ぶりに育ったシャンシャン、そして上野初の双子シャオシャオ・レイレイまで。

上野動物園の歴代パンダたちがどれほど多くの人に愛されてきたのかを感じていただけたのではないでしょうか?

2026年1月に双子が中国へ旅立ち、上野動物園は2度目の「パンダ不在の時代」を迎えました。

生まれたときから見守ってきた2頭がいなくなったのはとても寂しいですが、上野動物園のパンダの歴史はこれで終わりじゃないと信じて、新たな物語が動き出すことを願っています。

このページのまとめ
  • 上野動物園のパンダの歴史は、1972年のカンカン・ランラン来園から始まり、これまでに15頭のパンダが来園・誕生した。
  • パンダの来園や誕生は日本中に大きなブームを巻き起こし、入園者数の増加にもつながった。
  • 2026年1月に双子のシャオシャオ・レイレイが中国へ返還され、上野動物園は2度目のパンダ不在の時代を迎えている。

参考サイト・参考文献一覧
・これまで飼育したパンダたち|パンダのもりネット(上野動物園)
・上野動物園について|東京ズーネット
・「パンダが来てから30年展」|東京ズーネット
・西山弘泰(2006年)「新聞記事が描く戦後上野公園」『文学研究論集』25, p.185-207|明治大学学術成果リポジトリ
・ジャイアントパンダ シャンシャン公開までの記録|東京ズーネット
・ジャイアントパンダ「シャンシャン」の返還日が決まりました|東京ズーネット
・ジャイアントパンダ「リーリー」と「シンシン」の返還について|東京ズーネット
・恩賜上野動物園「シャオシャオ」「レイレイ」返還|東京都
・パンダの「暁暁」と「蕾蕾」が27日に日本から中国に返還|人民網日本語版
・上野から返還のパンダ2頭を公開 双子のシャオシャオとレイレイ|東京新聞デジタル
・国内パンダ、来月ゼロに 半世紀ぶり 上野の2頭、返還決定|日本経済新聞

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この記事を書いた人

大好きなパンダとマヌルネコについて日々学び続ける勉強熱心なパンダです。私と同じように動物好き、動物園好きな方の役に立つ情報を発信したいと思い、このサイトを立ち上げました!

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