パンダがいた日本の動物園一覧|国内での飼育の歴史といなくなった理由

当ページのリンクには広告が含まれています。

白黒のユニークな姿が動物園の人気者のジャイアントパンダですが、2026年1月に上野動物園の双子シャオシャオとレイレイが中国へ返還されたのを最後に、日本の動物園からはいなくなってしまいました。

最近まで上野動物園・アドベンチャーワールド・神戸市立王子動物園にいたパンダたちは、すべて中国が所有しており、契約期限が来れば中国に返す約束になっていました。

その約束通りに、2025年6月にアドベンチャーワールドの4頭、2026年1月に上野の双子が次々と返還されました。

その後も新しいパンダがやってくることはなく、国内では1972年の初来日以来、およそ半世紀ぶりに「パンダゼロ」の状況が続いています。

この記事では、現在パンダがいる動物園を紹介する代わりに、上野動物園やアドベンチャーワールドをはじめ、これまで日本でジャイアントパンダを飼育・展示してきた動物園を一覧で紹介します。

これまでの日本のパンダ飼育の歴史を振り返る参考にしてください。

もくじ

日本でパンダを飼育・展示してきた施設一覧

日本でパンダを飼育・展示した施設は、大きく2つのタイプに分かれます。

1つは、中国と共同で繁殖研究に取り組み、長期間にわたってパンダを飼育してきた上野動物園・アドベンチャーワールド・王子動物園の3園です。

もう1つは、万博や記念行事にあわせて数か月だけパンダを借りて展示した施設やイベントです。

これらを合わせて一覧表にまとめました。

上野動物園(東京都)飼育期間:1972年〜2026年(1月)
日本で初めてパンダを飼育し、初めて繁殖に成功した動物園。約半世紀にわたり歴代15頭が暮らした。2026年1月、最後の2頭を中国へ返還。
アドベンチャーワールド(和歌山県)飼育期間:1994年〜2025年
歴代20頭(うち17頭が園内で誕生)を飼育。国内最多の繁殖実績を持つ。2025年6月に最後の4頭を返還。
神戸市立王子動物園(兵庫県)飼育期間:2000年〜2024年
歴代3頭を飼育。阪神・淡路大震災からの復興を見守ったメス「タンタン」が2024年3月に死亡し、飼育を終えた。
福岡市動物園(福岡県)1980年(約2か月)
中国・広州市との友好都市締結1周年を記念し、広州動物園から2頭を借り受けて展示。
神戸ポートアイランド博覧会「ポートピア’81」(兵庫県)1981年(約6か月)
会場に専用のパンダ館を建て、天津市から借りた2頭を展示。
池田動物園・函館EXPO’88 ほか(岡山県・北海道など)1988年
瀬戸大橋と青函トンネルの開通を記念し、中国から借りた2頭が各地を巡回展示。

日本でパンダを長期飼育していた3つの動物園

日本でパンダを長期にわたって飼育したのは、上野動物園、和歌山県のアドベンチャーワールド、神戸市立王子動物園の3園です。

いずれも中国と正式な契約を結び、多額の協力金を負担しながら、日中共同の繁殖研究に取り組んできました。

ここからは、各園がどのようにパンダたちと向き合い、そして中国へ送り出したのかを順に振り返ります。

上野動物園(東京都)|1972年〜2026年(1月)

上野動物園は、日本で初めてジャイアントパンダを飼育した動物園です。

1972年10月、日中国交正常化を記念して、メスのランランとオスのカンカンが中国から贈られました。一般公開の初日には数万人が押し寄せ、日本中がパンダブームにわきました。

1972年当時のランランとカンカンだけは、期限付きのレンタルではなく、無償で贈られた特別な2頭です。

1985年には日本で初めて繁殖に成功します。最初の赤ちゃんは数日で亡くなりましたが、翌1986年に生まれたトントンが、国内で初めて育ったパンダの赤ちゃんになりました。

その後もリンリンリーリーシンシンなどが暮らし、2017年にシャンシャン、2021年には上野動物園としては初の双子・シャオシャオレイレイが誕生しています。

2024年にリーリーとシンシンが、2026年1月に双子が中国へ返還され、半世紀続いた上野のパンダの歴史はいったん幕を閉じました。

アドベンチャーワールド(和歌山県)|1994年〜2025年

和歌山県のアドベンチャーワールドは、1994年に中国と世界初の共同繁殖研究をスタートさせた施設です。

この年に来たオスの永明(えいめい)が、アドベンチャーワールドの繁殖の主役になりました。

永明は2頭のメスとの間に、生涯で16頭の子をもうけました。すべて自然交配によるもので、これは世界的にも例のない記録です。

園内で生まれたパンダは名前に「浜」の字をもらい、「浜家(はまけ)」と呼ばれて親しまれてきました。

歴代20頭のうち17頭が園内生まれで、そのうち16頭は永明の子です。繁殖実績は国内だけでなく世界の動物園でも群を抜いています。

2023年に永明が中国へ戻り、2025年6月に残る良浜など4頭が返還され、31年続いたパンダ飼育が途切れました。

なお、アドベンチャーワールドには1994年より前、1988年にも「海と陸のパンダ展」で中国から借りた2頭が短期展示されたことがあります。

神戸市立王子動物園(兵庫県)|2000年〜2024年

神戸市立王子動物園にパンダが来たのは2000年です。

阪神・淡路大震災からの復興のさなか、日中共同研究のためにオスのコウコウとメスのタンタンがやってきました。

ただ、最初のコウコウは体が十分に成熟せず、数年で中国へ帰りました。入れ替わりで来園した2代目のコウコウが、タンタンの相手役になります。

この2代目のコウコウも2010年に急死し、その後はタンタンが1頭で暮らしました。

中国との契約は数度にわたって延長され、タンタンは神戸の人たちにとって復興の象徴のような存在になっていきます。

2024年3月にタンタンは心臓の病気などのため亡くなりました。約24年間神戸で過ごしたパンダは、剥製になって2025年に中国へ返されています。

王子動物園の歴代パンダは中国からやってきた3頭のみで、繁殖には至りませんでした。それでも、「パンダのいる街・神戸」の記憶は、いまも多くの市民に残っています。

万博・記念行事で短期間パンダを展示した施設

長期飼育を行ったのは、上で紹介した上野動物園・アドベンチャーワールド・王子動物園の3園です。

一方、万博や橋・トンネルの開通記念イベントにあわせて、数か月だけ中国からパンダを借りた事例もいくつかあります。

1980年の福岡市動物園、1981年の神戸「ポートピア’81」、1988年の池田動物園(岡山県)や「函館EXPO’88」などで、いずれも友好都市の記念や瀬戸大橋・青函トンネルの開通を祝うために招かれました。

パンダの滞在はほんの短い期間のことでしたが、当時はどの会場も記録的な人出でにぎわいました。

福岡市動物園(福岡県)|1980年

福岡市動物園には、1980年の春だけパンダがいました。

中国・広州市と福岡市が友好都市になって1年を記念し、広州動物園からオスのシャンシャンとメスのパオリンが「友好親善使節」としてやってきたのです。

一般公開は4月から5月までの約2か月間。この短い期間に87万人以上が来園し、当時の年間入園者数をはるかに超えました。

役目を終えた2頭は6月に中国へと帰っていきました。

神戸ポートアイランド博覧会「ポートピア’81」(兵庫県)|1981年

1981年、神戸の人工島ポートアイランドで開かれた地方博覧会「ポートピア’81」では、専用のパンダ館を建設して2頭のパンダを招きました。

中国・天津市からやってきたのは、メスのロンロン(蓉々)とオスのサイサイ(寨々)です。

パンダ館は天津動物園のパンダ舎を参考に建てられ、飼育も天津動物園と王子動物園のスタッフが協力して行いました。

連日長い行列ができる大人気ぶりで、「客寄せパンダ」という言葉が広まるきっかけの一つにもなったといわれます。

半年間の会期を終えて、2頭は中国へ戻りました。

池田動物園・函館EXPO’88(岡山県・北海道)|1988年

1988年は、瀬戸大橋青函トンネルという大きな交通路が相次いで開通した年です。

これを記念して、中国から借りたオスの辰辰(シンシン)とメスの慶慶(ケイケイ)が、各地を巡回しました。

まず岡山市の池田動物園で、瀬戸大橋開通を記念して約3か月展示され、90万人が訪れます。

続いて北海道の「函館EXPO’88」(青函トンネル開通記念博覧会)のパンダ館へ移りました。

その後2頭はアドベンチャーワールドでも短期間公開され、1989年1月に中国へと帰国しました。

そもそも、なぜ日本にパンダがいたの?

世界中の動物園にいるパンダは、生まれた場所に関係なく、すべて中国が所有しています。海外の動物園は中国からパンダを「借りている」だけで、日本も例外ではありませんでした。

1972年のランランとカンカンは、国交正常化を祝って無償で贈られた特別な2頭でした。しかし1980年代以降、中国は方針を変え、短期レンタルや共同研究という形でパンダを貸すようになります。

共同研究には期限があり、多額の協力金もかかります。契約が満了したり、パンダが高齢になったりすると、中国へ返すのが原則です。

近年はここに日中関係の冷え込みも重なり、返還が続きました。

2026年9月の時点で、新たにパンダを受け入れる予定は決まっていません。ただ、各地で再来を望む声は根強く残っています。

ジャイアントパンダってどんな動物?特徴・生態まとめ

日本国内で会うことはできなくなったものの、今なお根強い人気のジャイアントパンダ。

ここでは、意外と知られていない体のつくりや食生活など、ジャイアントパンダの特徴や生態をまとめます。

名前ジャイアントパンダ
英名Giant Panda
学名Ailuropoda melanoleuca
分類哺乳綱 食肉目 クマ科
大きさ体長1.2〜1.5m前後、体重70〜130kg前後(オスの方が大きい)
生息地中国内陸部(四川省・陝西省・甘粛省)の標高1,300〜3,500mの竹林
寿命野生で約20年、飼育下では約30年

見た目・大きさの特徴

パンダは白と黒のはっきりした模様が特徴です。目のまわり、耳、四肢が黒く、雪と岩がまじる竹林で体の輪郭をぼかす保護色だと考えられています。

体重は大きなオスで100kgを超え、クマの仲間らしいがっしりした体つきです。ずんぐりして見えますが、木登りは得意です。

前足の付け根には「第6の指」と呼ばれる出っぱった骨があります。ふつうの指5本とこの骨で竹をはさみ、器用に持って食べます。

性格・行動の特徴

パンダは基本的に単独で暮らします。1日の半分以上を食事に、残りの多くを睡眠に使い、動きはゆっくりで温厚です。

繁殖のチャンスはごくわずかで、メスが妊娠できるのは1年に2〜3日ほどしかありません。日本の動物園が人工授精や日中共同研究に力を入れてきたのは、この繁殖の難しさが理由です。

生まれたばかりの赤ちゃんは体重100〜200gほどで、母親の1000分の1しかありません。あの大きな体からは想像しにくい、とても小さなスタートを切ります。

食べ物・好物

パンダは分類上は肉食動物の仲間ですが、食べ物の99%は竹です。1日に12〜40kgもの竹を食べ、起きている時間のほとんどをこれに費やします。

竹は栄養が少なく消化も悪いため、大量に食べて必要なエネルギーを確保するしかありません。パンダがよく座り込んで黙々と食べているのは、こうした事情があるからです。

動物園では竹に加えて、専用に作った「パンダ団子」やリンゴ、ニンジンなども与えられていました。野生では時に小動物や虫を口にすることもあります。

まとめ

日本でパンダを飼育・展示してきたのは、上野動物園・アドベンチャーワールド・神戸市立王子動物園のほか、万博などで短期展示したいくつかの施設でした。

1972年にパンダが初来日してから半世紀あまり続いてきた日本のパンダの歴史は、2026年1月にいったん途切れ、国内のパンダはゼロになりました。

新たなパンダ来園の見通しはまだ立っていません。パンダに会いたい人は中国の保護施設や海外の動物園を検討しつつ、日本の動物園からの新しい発表を待つことになりそうです。

関連

よかったらシェアしてください
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

大好きなパンダとマヌルネコについて日々学び続ける勉強熱心なパンダです。私と同じように動物好き、動物園好きな方の役に立つ情報を発信したいと思い、このサイトを立ち上げました!

もくじ