日本のパンダの歴史年表|1972年の初来日から2026年の0頭まで、歴代47頭の物語

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カンカンとランランの来日に日本中が沸いた1972年から、半世紀あまり。

日本では上野動物園・アドベンチャーワールド・王子動物園を中心に、歴代47頭のパンダが私たちに笑顔や癒やしを届けてくれました。

そして2026年1月、上野動物園の双子シャオシャオ・レイレイが中国へ返還され、1972年以来初めて日本の動物園からパンダがいなくなりました。

この記事では、初来日から0頭になるまでの50年以上にわたる歴史を、年表と歴代47頭の一覧とともにたどっていきたいと思います。

このページに書いてあること
  • 1972年の初来日から2026年までの日本のパンダ史の年表と、歴代パンダ47頭の一覧
  • パンダの初来日の様子と、上野・和歌山・神戸の3つの動物園、短期展示のパンダたちの歴史
  • 日本のパンダが0頭になった今と、新たなパンダ来日の可能性
もくじ

日本のパンダの歴史年表【1972〜2026年】

まずは日本のパンダ史の全体像を、年表と歴代パンダの一覧表で分かりやすく紹介します。

年表では、パンダが来日する前の1970年から、0頭になった2026年までの主なできごとを確認できます。

また、一覧表では日本で暮らした47頭のパンダが「いつからいつまで、どこにいたのか」を整理してまとめました。

来園や誕生といううれしい出会いもあれば、悲しいお別れや中国への旅立ちも数多くありました。

日本で暮らしたパンダたちと、パンダを愛するすべての人たちが紡いできた50年あまりの月日を、ひとつずつひも解いていきましょう。

日本のパンダの歴史年表

日本のパンダ史は、1972年のカンカンとランランの来日から始まりました。

こちらは、パンダが来日する前の「パンダ人気」の高まりから、2026年に0頭になるまでの主なできごとをまとめた年表です。

年できごと
1970年・女性ファッション誌『anan』創刊。誌名はモスクワ動物園のパンダ「アンアン」(オス)に由来する
1971年・昭和天皇がロンドン動物園でパンダ「チチ」(メス)を観覧し、国内でもパンダへの関心が高まる

・内藤ルネが日本初のパンダのキャラクター「ルネパンダ」を制作
1972年第一次パンダブーム
・日中国交正常化を記念して、日本初のパンダカンカン(オス)とランラン(メス)が上野動物園に来園(10月)
1979年・上野動物園のランランが妊娠中に死亡
1980年・上野動物園にホァンホァン(メス)が来園(1月)

・福岡市動物園でシャンシャン(オス)とパオリン(メス)を約2か月間展示(4〜5月)

・上野動物園のカンカンが死亡(6月)
1981年・上海雑技団の曲芸パンダウェイウェイ(オス)が来日し、全国を巡業(1〜5月)

・神戸の「ポートピア’81」でサイサイ(オス)とロンロン(メス)を約半年間展示
1982年・上野動物園にフェイフェイ(オス)が来園(11月)
1985年日本初の赤ちゃんパンダ誕生
・上野動物園のフェイフェイとホァンホァンの間に、日本初の赤ちゃんパンダチュチュ(オス)が誕生。生後43時間で死亡
1986年第二次パンダブーム
・上野動物園でトントン(メス)が誕生し、無事に成長
1987年・アドベンチャーワールドが中国の成都ジャイアントパンダ繁育研究基地への寄付活動に参加
1988年・シンシン(辰辰・オス)とケイケイ(慶慶・メス)が来日し、池田動物園(岡山県)→函館EXPO’88→アドベンチャーワールドを巡回(翌年1月まで)

・上野動物園でユウユウ(オス)が誕生(6月)
1989年・甲府市の「こうふ博’89」にあわせ、トントン(東東・オス)とビンビン(冰冰・メス)を遊亀公園附属動物園で約2か月間展示(9〜11月)
1992年・上野動物園に北京動物園からリンリン(オス)が来園

・リンリンとの交換で、上野動物園生まれのユウユウが中国へ
1994年和歌山で世界初のブリーディングローン開始
・アドベンチャーワールドに永明(オス)と蓉浜(メス)が来園

・上野動物園のフェイフェイが死亡
1997年・アドベンチャーワールドの蓉浜が死亡

・上野動物園のホァンホァンが死亡
2000年・アドベンチャーワールドに梅梅(メス)が来園(7月)

・神戸市立王子動物園に震災復興の象徴としてコウコウ(オスとして来園)とタンタン(メス)が来園(7月)

・上野動物園のトントンが死亡(7月)

・アドベンチャーワールドで良浜(メス)が誕生(9月)
2001年・アドベンチャーワールドで雄浜(オス)が誕生

・上野動物園のリンリンが繁殖のため、メキシコの動物園へ渡る(2003年までに計3回)
2002年・王子動物園の初代コウコウが中国へ(帰国後にメスと判明)。2代目コウコウ(オス)が来園
2003年・アドベンチャーワールドで隆浜・秋浜(ともにオス)が誕生。日本初の双子

・上野動物園にメキシコからシュアンシュアン(メス)が来園
2004年・アドベンチャーワールドの雄浜が中国へ
2005年・アドベンチャーワールドで幸浜(オス)が誕生

・上野動物園のシュアンシュアンがメキシコへ帰国
2006年・アドベンチャーワールドで双子の愛浜(メス)・明浜(オス)が誕生
2007年・アドベンチャーワールドの隆浜・秋浜が中国へ
2008年・上野動物園のリンリンが死亡
→上野動物園のパンダが0頭に

・アドベンチャーワールドで梅浜(メス)・永浜(オス)が誕生
→日本生まれのパンダ(良浜)による初めての繁殖

・アドベンチャーワールドの梅梅が死亡
2010年・アドベンチャーワールドの幸浜が中国へ

・アドベンチャーワールドで双子の海浜(オス)・陽浜(メス)が誕生

・王子動物園の2代目コウコウが死亡
2011年・上野動物園にリーリー(オス)とシンシン(メス)が来園
→上野動物園では約3年ぶりにパンダの飼育が復活
2012年・上野動物園で初めて自然繁殖による赤ちゃん(オス)が誕生。生後6日で死亡

・アドベンチャーワールドで優浜(メス)が誕生

・アドベンチャーワールドの愛浜・明浜が中国へ
2013年・アドベンチャーワールドの梅浜・永浜が中国へ
2014年・アドベンチャーワールドで双子の桜浜・桃浜(ともにメス)が誕生
2016年・アドベンチャーワールドで結浜(メス)が誕生
2017年・上野動物園でシャンシャン(メス)が誕生
→上野動物園で赤ちゃんが無事に育つのは約30年ぶり

・アドベンチャーワールドの海浜・陽浜・優浜が中国へ
2018年・アドベンチャーワールドで彩浜(メス)が誕生
2020年・アドベンチャーワールドで楓浜(メス)が誕生
2021年・上野動物園でシャオシャオ(オス)とレイレイ(メス)が誕生。上野動物園初の双子
2023年・上野動物園のシャンシャンが中国へ(2月)

・アドベンチャーワールドの永明・桜浜・桃浜が中国へ(2月)
2024年・王子動物園のタンタンが死亡(3月)

・上野動物園のリーリー・シンシンが中国へ(9月)
2025年・アドベンチャーワールドの良浜・結浜・彩浜・楓浜が中国へ(6月)

・タンタンの剥製と骨格標本が中国へ(6月)

・東京都が上野動物園の双子の返還を発表(12月)
2026年日本国内のパンダが0頭に
・上野動物園のシャオシャオ・レイレイが中国へ(1月)

一目で分かる!日本の歴代パンダ47頭の一覧

続いては、年表に登場したパンダたちを一覧表にまとめてご紹介します。

長く暮らした3つの動物園のパンダに、短期間だけやってきたパンダも含めると、その数は総勢47頭(名前のない1頭を含む)。

カンカン・ランランからシャオシャオ・レイレイまで、日本で暮らしたパンダたちは、一頭一頭がそれぞれのエピソードを持っています。

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名前性別場所日本にいた期間ひとことメモ
カンカン(康康)オス上野動物園1972年10月28日 ~ 1980年6月30日日本に初めて来たパンダ、日本中にパンダブームを起こす、やんちゃな性格
ランラン(蘭蘭)メス上野動物園1972年10月28日 ~ 1979年9月4日日本に初めて来たパンダ、日本中にパンダブームを起こす、丸顔美人
ホァンホァン(歓歓)メス上野動物園1980年1月29日 ~ 1997年9月21日ランランの後任、チュチュ・トントン・ユウユウの母
シャンシャン(珊珊)オス福岡市動物園1980年3月23日 ~ 1980年6月2日「友好親善使節」として中国の広州市から来日、約2か月の短期展示、当時25歳
パオリン(宝玲)メス福岡市動物園1980年3月23日 ~ 1980年6月2日「友好親善使節」として中国の広州市から来日、約2か月の短期展示、当時17歳
ウェイウェイ(偉偉)オス上海雑技団(日本巡業)1981年1月 ~ 1981年5月でんぐり返しや滑り台などの曲芸を披露した「曲芸パンダ」
サイサイ(寨寨)オス神戸ポートアイランド博覧会1981年3月10日 ~ 1981年9月17日中国の天津市から来日、約半年の短期展示、当時5歳
ロンロン(蓉蓉)メス神戸ポートアイランド博覧会1981年3月10日 ~ 1981年9月17日中国の天津市から来日、約半年の短期展示、当時17歳
フェイフェイ(飛飛)オス上野動物園1982年11月9日 ~ 1994年12月14日カンカンの後任、チュチュ・トントン・ユウユウの父
チュチュ(初初)オス上野動物園1985年6月27日 ~ 1985年6月29日日本で初めて誕生したパンダ、生後43時間で永眠
トントン(童童)メス上野動物園1986年6月1日 ~ 2000年7月8日日本で無事に育った初めてのパンダ、第二次パンダブームの火付け役
シンシン(辰辰)オス池田動物園・函館EXPO’88・アドベンチャーワールド1988年3月 ~ 1989年1月10日岡山・北海道・和歌山の3か所を巡回した珍しいパンダ
ケイケイ(慶慶)メス池田動物園・函館EXPO’88・アドベンチャーワールド1988年3月 ~ 1989年1月10日シンシン(辰辰)とともに3か所を巡回
ユウユウ(悠悠)オス上野動物園1988年6月23日 ~ 1992年11月13日リンリンとの交換で中国へ
トントン(東東)オスこうふ博’89(遊亀公園附属動物園)1989年9月15日 ~ 1989年11月12日甲府市の友好都市・成都市から来日、約2か月の短期展示
ビンビン(冰冰)メスこうふ博’89(遊亀公園附属動物園)1989年9月15日 ~ 1989年11月12日甲府市の友好都市・成都市から来日、約2か月の短期展示
リンリン(陵陵)オス上野動物園1992年11月5日 ~ 2008年4月30日ユウユウとの交換で来日、日本とメキシコを3往復した「世界一飛行機に乗ったパンダ」
永明(えいめい)オスアドベンチャーワールド1994年9月6日 ~ 2023年2月22日16頭の父、自然交配で繁殖した飼育下のパンダとして世界最高齢の記録を持つ
蓉浜(ようひん)メスアドベンチャーワールド1994年9月6日 ~ 1997年7月17日永明とともに来日、目と目の間のつむじがチャームポイント
梅梅(めいめい)メスアドベンチャーワールド2000年7月7日 ~ 2008年10月15日永明との間に6頭を出産、飼育下で世界で初めて双子を自分の力で子育て
コウコウ(興興)※初代メス神戸市立王子動物園2000年7月16日 ~ 2002年12月阪神・淡路大震災からの復興の象徴として来日、オスとされていたが中国に帰国後にメスと判明
タンタン(旦旦)メス神戸市立王子動物園2000年7月16日 ~ 2024年3月31日阪神・淡路大震災からの復興の象徴として来日、「神戸のお嬢様」として愛される
良浜(らうひん)メスアドベンチャーワールド2000年9月6日 ~ 2025年6月28日永明との間に10頭を出産、日本で生まれて日本で母親になった唯一のパンダ
雄浜(ゆうひん)オスアドベンチャーワールド2001年12月17日 ~ 2004年6月21日永明と梅梅の子ども、中国でたくさんの子孫が誕生
コウコウ(興興)※2代目オス神戸市立王子動物園2002年12月 ~ 2010年9月9日初代コウコウの後任として来日
隆浜(りゅうひん)オスアドベンチャーワールド2003年9月8日 ~ 2007年10月27日永明と梅梅の子ども、日本初の双子
秋浜(しゅうひん)オスアドベンチャーワールド2003年9月8日 ~ 2007年10月27日永明と梅梅の子ども、日本初の双子
シュアンシュアンメス上野動物園2003年12月3日 ~ 2005年9月26日メキシコから来日したリンリンのパートナー
幸浜(こうひん)オスアドベンチャーワールド2005年8月23日 ~ 2010年3月15日永明と梅梅の子ども
愛浜(あいひん)メスアドベンチャーワールド2006年12月23日 ~ 2012年12月14日永明と梅梅の子ども、双子
明浜(めいひん)オスアドベンチャーワールド2006年12月23日 ~ 2012年12月14日永明と梅梅の子ども、双子
梅浜(めいひん)メスアドベンチャーワールド2008年9月13日 ~ 2013年2月26日永明と良浜の初めての子ども、双子
永浜(えいひん)オスアドベンチャーワールド2008年9月13日 ~ 2013年2月26日永明と良浜の初めての子ども、双子
海浜(かいひん)オスアドベンチャーワールド2010年8月11日 ~ 2017年6月5日永明と良浜の子ども、双子
陽浜(ようひん)メスアドベンチャーワールド2010年8月11日 ~ 2017年6月5日永明と良浜の子ども、双子
リーリー(力力)オス上野動物園2011年2月21日 ~ 2024年9月29日シャンシャン・シャオシャオ・レイレイの父
シンシン(真真)メス上野動物園2011年2月21日 ~ 2024年9月29日シャンシャン・シャオシャオ・レイレイの母
名前なしオス上野動物園2012年7月5日 ~ 2012年7月11日リーリーとシンシンの初めての子ども、生後6日で永眠
優浜(ゆうひん)メスアドベンチャーワールド2012年8月10日 ~ 2017年6月5日永明と良浜の子ども
桜浜(おうひん)メスアドベンチャーワールド2014年12月2日 ~ 2023年2月22日永明と良浜の子ども、双子
桃浜(とうひん)メスアドベンチャーワールド2014年12月2日 ~ 2023年2月22日永明と良浜の子ども、双子
結浜(ゆいひん)メスアドベンチャーワールド2016年9月18日 ~ 2025年6月28日永明と良浜の子ども、アドベンチャーワールド生まれで最も大きい197gで誕生
シャンシャン(香香)メス上野動物園2017年6月12日 ~ 2023年2月21日リーリーとシンシンの子ども、上野動物園で約30年ぶりに育った赤ちゃんとして大人気に
彩浜(さいひん)メスアドベンチャーワールド2018年8月14日 ~ 2025年6月28日永明と良浜の子ども、アドベンチャーワールド生まれで最も小さい75gで誕生
楓浜(ふうひん)メスアドベンチャーワールド2020年11月22日 ~ 2025年6月28日永明と良浜の子ども、「いい夫婦の日」生まれ
シャオシャオ(暁暁)オス上野動物園2021年6月23日 ~ 2026年1月27日リーリーとシンシンの子ども、上野動物園初の双子
レイレイ(蕾蕾)メス上野動物園2021年6月23日 ~ 2026年1月27日リーリーとシンシンの子ども、上野動物園初の双子
※「日本にいた期間」の終わりの日付は、死亡した日、または日本を出国した日です

日本のパンダの初来日は1972年

日本に初めてジャイアントパンダがやってきたのは、1972年(昭和47年)10月28日です。

東京都恩賜上野動物園に、中国からオスのカンカン(康康)とメスのランラン(蘭蘭)の2頭が到着しました。

ここからは、日本中が熱狂したパンダの初来日と、それ以前から高まっていたパンダ人気、そしてカンカンとランランのその後を振り返ります。

今では当たり前になった「パンダは日本中の人気者」というイメージは、この2頭から始まったといえるでしょう。

カンカン・ランランの来日と第一次パンダブーム

カンカンとランランの来日は、日本と中国の歴史的なできごとと深く関係しています。

1972年9月に日中国交正常化が実現したことを記念して、中国から日本へ贈られたのがこの2頭でした。

11月5日に一般公開が始まると、日本中で空前のパンダブームが巻き起こります。国立科学博物館のホームページでは、公開初日の様子が次のように紹介されています。

公開初日には徹夜で並んだ人も含めて6万人にも及ぶ見物客が詰めかけ,動物園からの行列は上野駅まで届くほどだったと言われています。

*引用元:上野動物園に暮らしたパンダたち|国立科学博物館

上野動物園の年間入園者数は、翌1973年には700万人を超えるほどに増えました。

パンダの来園は新聞やテレビでも大きく報道され、パンダのぬいぐるみや文房具など、さまざまなパンダグッズも発売されて、社会現象となりました。

初来日の前から高まっていたパンダ人気

実は、日本ではカンカンとランランがやってくる前から、パンダへの関心がじわじわと高まっていました。

1970年に創刊した女性ファッション誌『anan』の誌名は、当時モスクワ動物園で暮らしていたオスのパンダ「アンアン」に由来するといわれています。

1971年には、ヨーロッパを訪問した昭和天皇がロンドン動物園でメスのパンダ「チチ」を観覧したことが話題になりました。

同じ年には、イラストレーターの内藤ルネが日本初のパンダのキャラクター「ルネパンダ」を生み出しています。

まだ本物のパンダを見たことがない人がほとんどだった時代に、少しずつ育っていたパンダへのあこがれ。それが1972年の来日で、一気に爆発したのです。

カンカン・ランランのその後

オスのカンカンは、タイヤ遊びが好きなやんちゃな性格。メスのランランは、ふっくらしたまん丸な顔がかわいい「美パンダ」でした。

オス・メスのペアだったため繁殖への期待も高く、ランランはカンカンとの自然交配に成功します。

ですが、ランランは妊娠中の1979年9月に推定10歳で亡くなり、翌1980年6月にはカンカンも推定9歳で亡くなりました。

2頭ともまだ若く、あまりにも突然のお別れでした。

現在、カンカンとランランは剥製になって、東京都日野市の多摩動物公園のウォッチングセンターで展示されています。

パンダを長く飼育した3つの動物園

日本のパンダ史を語るうえで中心になるのは、上野動物園(東京都)、アドベンチャーワールド(和歌山県)、そして神戸市立王子動物園(兵庫県)の3つの動物園です。

数か月だけの短期展示を除くと、日本国内で長期的かつ継続的にジャイアントパンダの飼育や繁殖に取り組んできたのは、この3施設だけなんです。

「日本初」が次々と生まれた上野、世界一の繁殖実績を持つ和歌山、震災復興の象徴になった神戸と、3つの動物園にはそれぞれ違った物語があります。

ここからは、3つの動物園のパンダ史にフォーカスしていきたいと思います。

【上野動物園】日本で初めてパンダの飼育を始めた動物園

日本のパンダ史は、上野動物園から始まりました。

1972年に日本で初めてパンダが来園して社会現象となり、その後も、2代目ペアのホァンホァン・フェイフェイの間に日本で初めて赤ちゃんが誕生するなど、たくさんの「日本初」が上野動物園から生まれました。

2008年から2011年にはパンダがいない時期もありましたが、リーリーとシンシンが来園し、シャンシャン、そして上野動物園初の双子シャオシャオ・レイレイが誕生しました。

2026年1月に双子が中国へ旅立ち、約53年にわたって歴代15頭が暮らした上野動物園のパンダの歴史は、いったん幕を閉じています。

【アドベンチャーワールド】世界一のパンダファミリーを育んだ動物園

和歌山県のアドベンチャーワールドは、パンダの繁殖研究において世界的にも高い実績を誇る動物園です。

1994年に世界初の「ブリーディングローン」(繁殖研究を目的とした動物の貸し出し)で日中共同繁殖研究がスタートし、約30年で17頭の赤ちゃんが生まれ育ちました。

これは、中国国内の研究施設を除くと、世界一の繁殖実績です。そのため、アドベンチャーワールドのパンダファミリー「浜家(はまけ)」は、「世界一のパンダファミリー」とたたえられています。

父親の永明は、自然交配で繁殖した飼育下のパンダとして世界最高齢の記録も樹立しました。

2025年6月に最後の4頭(良浜・結浜・彩浜・楓浜)が中国へ渡り、約30年続いたパンダの飼育は区切りを迎えました。

中国に渡った浜家のパンダたちからは、たくさんの子孫が生まれています。

【神戸市立王子動物園】震災復興の希望の光になった動物園

王子動物園にパンダがやってきたのは2000年。その背景には、1995年の阪神・淡路大震災がありました。

震災で深く傷ついた神戸の街と人々にとって、コウコウとタンタンの存在は、復興への道を照らす希望の光そのものでした。

初代のコウコウは2002年に中国へ帰り、2代目のコウコウも2010年に亡くなったため、王子動物園での繁殖は叶いませんでした。

それでもタンタンは「神戸のお嬢様」として、24年もの長きにわたって愛され続けました。

晩年の心臓の病気と闘いながら懸命に生きる姿も、多くの人が応援して見守っていました。私自身もその一人です。

タンタンは2024年3月に、国内最高齢の28歳で永眠しました。剥製と骨格標本になったタンタンは、2025年6月に中国へ返還されています。

短期展示で日本に来たパンダたち

3つの動物園のほかにも、博覧会や記念行事にあわせて、数か月だけパンダが日本にやってきたことが5回あります。

どれも1980年代のことで、まだパンダが「日本中のあこがれ」だった時代。どの会場も記録的な人出でにぎわいました。

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年場所パンダきっかけ
1980年福岡市動物園シャンシャン(珊珊)・パオリン(宝玲)広州市と福岡市の友好都市締結1周年
1981年全国巡業(大阪・横浜・東京など)ウェイウェイ(偉偉)上海雑技団の日本公演
1981年神戸「ポートピア’81」サイサイ(寨寨)・ロンロン(蓉蓉)神戸ポートアイランド博覧会
1988年池田動物園→函館EXPO’88→アドベンチャーワールドシンシン(辰辰)・ケイケイ(慶慶)瀬戸大橋・青函トンネルの開通記念、日中平和友好条約10周年
1989年遊亀公園附属動物園(甲府市)トントン(東東)・ビンビン(冰冰)甲府市の市制100周年を記念した「こうふ博’89」

1980年の福岡市動物園では、わずか2か月の公開期間に87万人以上が来園しました。

1981年の上海雑技団のウェイウェイは、でんぐり返しや滑り台などの芸を見せる「曲芸パンダ」として全国を巡業しています。

1988年のシンシン(辰辰)とケイケイ(慶慶)は、岡山県の池田動物園から北海道の函館EXPO’88、そして和歌山県のアドベンチャーワールドへと、日本列島を縦断するように巡回した珍しいパンダです。

なお、上野動物園にもシャンシャン(香香)、シンシン(真真)、トントン(童童)がいましたが、短期展示のパンダたちとは同じ名前の別のパンダです。

日本のパンダは0頭に【2026年の今】

2022年末ごろまで、日本国内では13頭のパンダが暮らしていました。

ですが、2023年からパンダの返還が続き、国内のパンダの数は次のように減っていきました。

年月できごと国内のパンダ
2023年2月シャンシャン(上野)、永明・桜浜・桃浜(アドベンチャーワールド)が中国へ9頭
2024年3月タンタン(王子)が死亡8頭
2024年9月リーリー・シンシン(上野)が中国へ6頭
2025年6月良浜・結浜・彩浜・楓浜(アドベンチャーワールド)が中国へ2頭
2026年1月シャオシャオ・レイレイ(上野)が中国へ0頭

2026年1月27日、上野動物園のシャオシャオとレイレイが中国へ旅立ったことで、1972年のカンカン・ランラン来日以来、初めて日本の動物園からパンダがいなくなりました。

日本から中国に渡ったパンダたちの多くは、今も四川省の成都や雅安の基地で元気に暮らしています。

アドベンチャーワールドの浜家のパンダたちは成都の基地で、上野生まれのシャンシャン・シャオシャオ・レイレイは雅安の碧峰峡基地で、それぞれ新しい暮らしを送っています。

日本に再びパンダは来る?

2026年10月現在、日本の動物園に新しいパンダがやってくる具体的な予定は発表されていません。

報道では、日中関係の影響もあり、新たな貸し出しの見通しは立っていないと伝えられています。

一方で、明るい動きがまったくないわけではありません。

茨城県は、日立市かみね動物園へのパンダの誘致を目指して、2025年4月にパンダの生息地がある中国・陝西省と、パンダの保護を含む友好交流の覚書を結びました。

上野動物園も、2008年にパンダがいなくなってから3年後に、リーリーとシンシンを迎えています。

日本のパンダの歴史に、また新しいページが加わる日が来ることを願って、今後のパンダ関連ニュースにしっかりとアンテナを張っておきたいですね。

パンダがつないだ50年以上の歴史と未来へのバトン

日中国交正常化を記念して来日したカンカンとランランから始まった日本のパンダ史は、各地の動物園でたくさんの物語を紡いできました。

上野・和歌山・神戸の3つの動物園に、短期間だけやってきたパンダたちも加えて、日本で暮らしたパンダは歴代47頭。2026年1月、その歴史は一つの区切りを迎えました。

この50年以上にわたる歴史のバトンを、私たちは未来へとつないでいけるのでしょうか。

今後も日本でパンダが暮らし、日本のパンダ史に新しい歴史のページが加わっていくことを、一人のパンダファンとして心から願っています。

このページのまとめ
  • 日本のパンダ史は1972年のカンカン・ランラン来日から始まり、友好の贈り物から共同研究へと形を変えながら、歴代47頭のパンダが暮らした。
  • 上野動物園、アドベンチャーワールド、王子動物園の3施設が日本のパンダ史の中心で、ほかに5回の短期展示があった。
  • 2026年1月に上野の双子が返還され、日本のパンダは1972年以来初めて0頭に。新たな来日の予定はまだ発表されていない。

参考サイト・参考文献一覧
・これまで飼育したパンダたち|パンダのもりネット(上野動物園)
・上野動物園に暮らしたパンダたち|国立科学博物館
・ジャイアントパンダの剥製のメンテナンスをおこないます(※展示を再開しました)|東京ズーネット
・日本最古のパンダキャラクター『ルネパンダ』の人気が復活!|PR TIMES
・HISTORY|ジャイアントパンダ日中共同繁殖研究サイト
・個体紹介|ジャイアントパンダ日中共同繁殖研究サイト
・パンダの繁殖実績概要|ジャイアントパンダ日中共同繁殖研究サイト
・4頭のジャイアントパンダの帰国日が決定しました|アドベンチャーワールド
・パンダの部屋|神戸市立王子動物園
・王子動物園タンタン、剥製で返還 国内最高齢28歳|東京新聞デジタル
・福岡にもパンダがいた!|福岡市動物園
・たまねぎアメと森繁パンダ。〜黒柳徹子さんのお話〜|ほぼ日刊イトイ新聞
・「1頭狩れば、20人が暮らせる」…中国で横行していた「パンダ密猟」の実態(家永真幸)|現代ビジネス
・神戸新聞社『ポートピア’81のジャイアントパンダ』神戸新聞社、2024年11月
・池田動物園|Wikipedia
・旧町名を復活させたい 番外編~遊亀公園附属動物園 後編~|Matto Cileci
・ジャイアントパンダ「リーリー」と「シンシン」の返還について|東京ズーネット
・恩賜上野動物園「シャオシャオ」「レイレイ」返還|東京都
・国内パンダ、来月ゼロに 半世紀ぶり 上野の2頭、返還決定|日本経済新聞
・パンダ誘致へ 茨城県、中国と覚書締結|khb東日本放送

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この記事を書いた人

大好きなパンダとマヌルネコについて日々学び続ける勉強熱心なパンダです。私と同じように動物好き、動物園好きな方の役に立つ情報を発信したいと思い、このサイトを立ち上げました!

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